fibona Lab

「万物軟香」自然を想起する香り、生活者と共創した“ライフスタイルアイテム”誕生

2026.08.25

「万物軟香」自然を想起する香り、生活者と共創した“ライフスタイルアイテム”誕生

資生堂研究所のオープンイノベーションプログラム「fibona」が発信する、「世の中にない」を共創するビューティープロダクツ。2026年5月には、「万物軟香(ばんぶつなんこう)」を発売した。
「万物軟香」は、「宇宙のような過酷な乾燥環境でも肌を守る」という発想から生まれた軟膏状の新感触クリームだ。実際に、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟内でも使用できる仕様でありながら、地球でのより良い日常を感じられるように開発されている。
肌を守りながらうるおいを届け、どこか懐かしい自然を想起させる香りが特徴の「万物軟香」。保湿という機能だけにとどまらない、ライフスタイルアイテムは、どのような試行錯誤を経て誕生したのだろうか。

fibonaで万物軟香の開発を手がけた6名の研究員に話を聞いた。

「安心と信頼感がある」軟膏をコンセプトに

――まずはみなさんの自己紹介と、「万物軟香」プロジェクトにおける役割を教えてください。

幸島:
「万物軟香」の企画を担当した幸島です。特徴的な香りやテクスチャー、自由度の高い使い方、そして社外との共創と、いろいろな顔を持つこのプロダクトを、どうひとつの商品にしてお届けするかを考える役割です。香りの研究開発に従事した後、現在はグローバル連携による新価値創造に取り組んでいます。

﨑山:
私は、商品の魅力や技術の情報をお客さま視点でわかりやすく伝える情報の開発を担当しています。幸島さんが話したように、さまざまな顔を持つこの商品を、ひとつのコンセプトにまとめていくところを技術情報の面から担当しました。

西村:
スキンケアの処方開発を担当しています。「万物軟香」は、実際にISS「きぼう」日本実験棟内でも使用できる仕様となっています。品質の保持、容器やチャームとの相性を確認する役割を務めました。昨年、育休から復帰したタイミングで最初に担当したのがこの商品でしたので、個人的にはとても思い出深いプロジェクトです。

森下:
香料開発部の森下です。もともとは花などの自然の香りを分析して再現する「再現香料」を幸島さんと一緒にやってきました。今回の万物軟香は、過去に手がけてきた商品とは毛色が違う挑戦でしたので、お寺などを巡りながら、今までにない新しい香りをゼロから生み出すことに注力しました。実際に香りを嗅いでもらうとわかりますが、かなり特徴的な香りに仕上がっています。

鈴木:
本体容器の外装部分を担当した鈴木です。fibonaの商品に携わるのは今回が初めてになります。自分にとっての第1号を世に出せたことを嬉しく思っています。

佐藤:
チャームの開発を担当しました。2025年にバッグやポーチにつけて持ち歩けるチャームコスメが韓国発のトレンドになっているのでアジャイルなものづくりができるfibonaで活用できないかと考えました。実際に「万物軟香」のコンセプトと親和性が高く鈴木さんが担当した本体容器とは別に、チャームの開発担当として参加しました。

――「万物軟香」、壮大なスケールを感じる商品ですが、どのようなコンセプトのもとに生まれたのでしょうか。

幸島:
まずは、「ISS「きぼう」日本実験棟内でも使用できる商品を発売する」と決めたとき、どんなものとしてお客さまにお届けしたいかを考えました。そこで思い至ったのは、機能性と感性の両立を大事にすること。そして「いつでもどこでも使ってもらえる“お守り”みたいなアイテム」にしたい、ということです。その延長線上で思い浮かんだのが「軟膏」でした。
軟膏は、年齢や性別に関わらず、様々な用途で安心して使える万能薬のような存在ですよね。おまじないのように、生活のそばにある。その軟膏のあり方に面白さを感じて、コンセプトに据えたのが出発点です。また、香りに大きな特徴を持たせているので、軟膏の「膏」を「香」に変えて「軟香」という造語にするアイデアが浮かびました。
「万物」という言葉には、宇宙と地球の繋がりを想起できることに加えて、香り創りの背景も込められています。香料担当の森下さんと私は、自然の中にある様々な香りを対象に研究をしていたのですが、その中でもあるお寺で出会ったお香の香りに着想を得て、今回の特別な香りをつくりました。日本では古くから、香りは体を整え、心を整え、空間も整えるものとして使われてきました。この「自然の叡智×宇宙」というスケール感を表現できる言葉として行き着いたのが「万物」です。

ISS「きぼう」日本実験棟内でも使用できる仕様と、お寺で出会った香りをヒントに

――「万物軟香」の中味の処方には、どんな特徴があるのでしょうか。

西村:
ISS「きぼう」日本実験棟内でクリームを使うときに、船内の精密機器類に影響を与えないことが条件でしたから、一般的なスキンケア商品とは異なる制約がありました。当時の担当者が、試行錯誤しながらつくり上げた処方です。
テクスチャーの特徴は、肌に馴染みすぎないことです。浸透しきってしまうと肌表面に膜がつくられず、外からの影響を受けやすくなります。もちろん浸透する成分もありますが、一般的なスキンケアクリームよりも、肌表面に膜がとどまってベールのように守る設計になっています。この重厚感が軟膏らしさでもあり、いろいろな環境下で肌を守れる特徴につながっています。

――重厚感のあるテクスチャーですね。肌に塗ると、思わず深呼吸したくなる印象的な香りが立ちますが、香りの処方はどのようなイメージでつくられたのでしょうか。

森下:
私たち香料開発研究員は、普段の仕事ではフローラルフルーティーやフローラルグリーンのような、多くの人が「いい香り」と感じる嗜好性の高い香りを扱います。ただ、そういう香りはすでに世の中にありますから、今回はめったに見当たらないような特徴的なオリジナルの香りに挑戦しようと考えました。その中でも最も大きな影響を受けたのが和歌山にある高野山の香りでした。

幸島:
高野山には神仏習合の伝統のもと、異なる価値観を受け入れながら調和を育んできた歴史があります。それ自体がこの商品の世界観に通じるように感じられますよね。
ヒントになったのは、身を清めるときに使われる「塗香(ずこう)」です。火をつけて香りが立つお香と違い、香素材が粉末状になっている塗香は、少量を手に取ってすり合わせるだけで体温でやさしく香りが立ち上ります。お寺では手や胸元などにつけて心身を清めたり、お経を読むときなどにも使われているそうです。

森下:
香調としてはウッディスパイシーがメインです。ウッディの部分は白檀、スパイシーの部分はスターアニス(八角)やクローブ(丁子)といった漢方薬としても使われる素材をメインに、スパイスが立った構成になっています。こういう香りを商品にできる機会はなかなかありませんので、やりがいがありましたね。

――たしかに、どこか懐かしいような、好みが分かれそうな香りでもあります。

森下:
そこがいいんです。シャンプーのような日用品は、万人に嫌われない香りであるべきですが、フレグランスの世界では、好きな人と嫌いな人がはっきり分かれる香りにこそ価値がある。「嫌いじゃない」程度の香りは、結局はずっと使われませんから。この香りが本当に好きで、絶対に欲しいという人が必ずいる。そんな香りを目指しました。

 

生活者との共創ワークショップから見えたこと

――今回はfibonaとして、初めて発売前のプロダクトで共創型オンラインコミュニティ「Club fibona」メンバーである生活者の方との共創ワークショップを開催されたそうですね。

﨑山:ISS「きぼう」日本実験棟内でも使用できるというルーツや香りの壮大なバックグラウンドを考えると、この製品にはたくさんの可能性があり、私たちだけでその方向性を決めてしまうのはもったいないと考えました。
そこで、発売前の設計途中の段階で、fibonaの共創型オンラインコミュニティ「Club fibona」のメンバーの方々をお招きして、企画会議を開きました。研究員も交えたワークショップ形式で、きれいなラベルもパッケージもまだない状態で実際に商品に触っていただき、どんなシーンで、体のどの部位に使いたいかを、みなさんと話し合いました。

――反応はいかがでしたか

﨑山:
「仕事のストレスが大きいので、休憩のタイミングで使うとリフレッシュする」「寝る前のリラックスに使いたい」など、実際の生活シーンに即した声をいただいたおかげで、この商品のポテンシャルを確認できる機会になりました。参加者の方々からは、香りもテクスチャーも総じてポジティブな評価をいただきました。宇宙でも気持ちよく使ってもらえるように、当初から磨いてきた方向性は間違っていない、と自信を持って開発を進める原動力になりましたね。

幸島:
香りに関しては、10名ほどの参加者の中で、1人だけ「私はこの香りが苦手だから買えません」と言ってくださった方がいたんです。それが、逆にすごく面白かったですし、ありがたかったですね。ハマる人にはとことんハマるけれど、ハマらない人には全くハマらない香りだと、森下さんと話していたことが実証されたわけですから。その後の売り場づくりを考えるうえでも大きな学びになりました。

――生活者とのワークショップを経て、その後の方向性に変化などはありましたか。

幸島:
方向性を変えたというより、そこから「つくった」ものが大きいですね。「いつでもどこでも使える」を、どんな所作やコミュニケーションに置き換えたら伝わるのか。参加者の皆さんと一緒に試しました。
ある方は、「歯科衛生士なので普段は香りをつけられないけれど、指先につける所作なら手袋を外したときにできるし、手を洗えば次の患者さんの対応にも支障がない」とライフスタイルに根ざした感想を話してくださって。使い方の軸をいろいろな方向に開いておくこと、お客さまの多様な日常のシーンを受け止められる余白と懐の深さをコンセプトに持たせることの必要性を再認識できました。
参加してくださった方のお名前は、スペシャルサンクスとしてfibona Lab店頭に掲載しています。オンラインコミュニティのClub fibonaでもビジュアル撮影の風景をシェアしましたが、発売後には購入のご報告をしてくださった方もいます。こうしたやり取りを通じて、商品が生まれる過程を皆さまと一緒に創り上げられたことを嬉しく感じています。また、そこから生まれたつながりを、今後も大切にしていきたいと思います。

持ち運べる「チャーム」の開発

――容器や外装のデザインには、どんなこだわりがあるのでしょうか。

鈴木:
容器デザインの出発点は、ISS「きぼう」日本実験棟内でも使用できるというコンセプトをどう体現するかからでした。樹脂容器も含めてさまざまな素材を探索しましたが、未知の場所へ持ち運べるというコンセプトが固まり、それに合う容器として絞り込んだ結果、アルミにたどり着きました。
中味をしっかり守れるという機能性はもちろん、無機質な素材感がどこか宇宙船を思わせてくれるし、手に馴染み、日常のどんなシーンにも溶け込む。シンプルだけれど、日頃持ち歩きたくなるものになったと個人的にも気に入っています。
外箱は、ジャー容器すべてを覆うケースにする案もあったのですが、省資源というサステナビリティの観点に加え、せっかくの金属の質感が開けるまで見えないのはもったいないと考え、容器が見える帯状のスリーブに挑戦しました。

幸島:
パッケージデザインにもこだわりました。「宇宙と地球をつなぐ」ことが万物軟香のコアのストーリーなので、地球や自然の生命力を想起させる緑を入れたい。ただフレッシュな緑ではなく、香りの背景にある日本の精神性に通じるような深みのある緑に。デザイナーには実際に香りを嗅いでもらい、テクスチャーの重厚感も伝えたうえで、緑で何案も試してもらって、この色にたどり着きました。差し色のビビッドカラーには、生命力やチャレンジの想いを込めています。パッケージの真ん中に置いた大きな円は、ISSの窓から見える地球をイメージしました。

――専用チャーム(キーチェーン)についても教えてください。

佐藤:
冒頭でお話しした通り、チャームは韓国トレンドが起点です。既存品を探すと似たものはありますが、空気の逃げ道がないため、容器を入れようとすると押し戻されてしまうものも多い。今回は、空気抜きのスリットを1本だけ入れています。

佐藤:
ホルダーはシリコンゴム製で、硬度はかなり固めのものを選んでいます。柔らかいと持ち運び中に容器が抜けてしまう恐れがあるので、しっかりホールドできるようにとの配慮です。チャームをつけたまま開け閉めができるように、キャップまで覆わない高さにしているのもこだわりです。色は、fibonaのブランドカラーであるグレーに近いものにしました。
カラビナ部分はアルミの規格品のため、どうしても強度に限界があるのですが、そこはきちんと注意喚起をお伝えすることにしました。もちろん耐久試験もしていますので、安心して使える強度になっています。

日常に寄り添い、生活を豊かにするー試行錯誤が生んだ新たな挑戦

――最後に、「万物軟香」をどんな方に届けたいか、そして今後への想いをお聞かせください。

森下:
香料開発者としては、この香りを本当に好きになってくれた方に、ずっと使い続けてもらいたいですね。心が弱ったときでも、「あ、これがある」と思える、お守りのような存在でありたい。ここでしかつくれない香りに挑戦できたことは本当にやりがいのある仕事でした。

西村:
「万物軟香」のように、用途がはっきり決められていない商品は、実はなかなかありません。だからこそ、生活者のみなさんがこれをどう受け止めて、ここからどう発展していくのか。中味開発の立場からとても興味を持っていますし、楽しみにしています。

﨑山:
肌や身体だけでなく、心や感性にまで着目するというのは、資生堂が研究として大切にしてきたことです。この商品をきっかけに、ホリスティックなアプローチやライフスタイルアイテムという領域が広がって、お客さまの生活が少しでも豊かになれば、みんなでつくってきた甲斐があります。

鈴木:
自分にとってはfibona第1号の商品ですから、生活者のみなさんの日常に寄り添うものになってほしいです。また、通常よりも短いスパンで世に送り出す経験ができたので、普段の業務でも、この経験を次の商品でさらに活かせるようチャレンジしていきたいです。

佐藤:
「万物軟香」のチャームは、ぜひ他のアイテムにも横展開していきたいですね。今回は数量限定ではありますが、今後広く知られたら嬉しいです。

幸島:
ここにいるメンバーはもちろん、本当にたくさんの方々のパワーが集結して完成したのが「万物軟香」です。香りも中味も、生活者との共創も、パッケージも、すべてが初めての挑戦でした。多くの方との出会いや対話を重ねながら形になったこの商品が、これまでのfibonaとはまた違うお客さまとの接点を生み、さらに新しい共創の輪を広げていくことを願っています。

 

 

(text: Ikumi Tsubone  photo: Umihiko Eto  edit: Kaori Sasagawa)