fibona Lab

未完成――アンチ・究極・超越
fibonaの価値観を形にするデザインの挑戦

2025.10.31

未完成――アンチ・究極・超越
fibonaの価値観を形にするデザインの挑戦

資生堂研究所のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」は、2019年から「世の中にはない・共創・未完成」をテーマに、常に進化を続けてきた。2025年からは、fibonaブランドとして「世の中にない」を共創する、未完成ビューティープロダクツを次々にリリース。共通するのは、世界をワクワクさせる新しい価値を提供する姿勢と、ブランドの思想を伝える唯一無二のデザインである。

これまでにない “新しい美”を見つめるfibonaの哲学を視覚化した実験的なプロダクトデザインの誕生した背景について、 fibonaブランドホルダーをつとめる(ブランド価値開発研究所グループマネージャー)の中西裕子と資生堂クリエイティブのプロダクトデザイナー・長竹美咲が語った。

これまでにない“新しい美”を、共創するために

──資生堂研究所発のオープンイノベーションとしてスタートしたfibonaが、ブランドとしてプロダクトをリリースするようになった背景は?

中西:

fibonaは元々2019年に始まった資生堂研究所の「オープンイノベーションプログラム」の一環としてスタートしました。当時は、スタートアップ企業やアカデミア、生活者との共創、研究成果の社会実装、共創環境の整備などを中心に取り組んでいました。そのなかで、研究成果を社会に届けていくことをより強化するために、2025年に研究所発のブランドとしてのfibonaが立ち上がりました。

資生堂の研究所は2026年、創立110周年を迎える歴史ある研究所であり、「本質的で且つ革新的なものづくり」を長年大切にしてきました。自社に研究開発部門を持っていることは、大きな強みだと思っています。実は、こうした体制を持つ化粧品会社は意外と多くないんです。

ただ、グローバルでビジネスを展開する構造上、どうしてもトレンドを素早く取り入れることが難しい部分があります。だからこそ、その制約の外側でアジャイルに開発し、ゼロからイチを生み出す挑戦や実験ができる場所として、fibonaが必要でした。fibonaは、そうした背景の中で誕生したブランドでもあります。

※アジャイル開発:プランニングから実装、テストまでを短いサイクルでスピーディーに回す開発手法

 

──「fibona」ブランドのコンセプトは何ですか?

中西:

「fibona」が大切にしているのは、“未完成”という考え方です。まだ世の中にないビューティープロダクトを、お客さまと一緒に育てていく。そんな共創の姿勢のもと、「アンチ・究極・超越」という3つの価値観を軸に据えています。たとえば、既存の化粧品に対するアンチテーゼとなるもの、美容や化粧品という枠を超えていくもの、究極まで研ぎ澄まされたようなものなどです。

──「fibona」という名前の由来も、あらためて教えてもらえますか。

中西:

数学の“フィボナッチ数列”が由来です。美しいものに宿るとされる“美の黄金比”の基礎になる数列ですね。「fibona」立ち上げ当初は、「この世界にある“黄金比のような本質的な美”を見つけ出したい」という想いが出発点でした。いまはさらにその考えを進化させて、「これまでにない、新たな黄金比を探しにいく」という挑戦的な意味合いもあります。既存の価値観にとらわれず、まったく新しい“美しさ”を見出していきたい。そんな想いをこの名前に込めています。

 

──2025年はこれまでに4つのプロダクトがリリースされています。プロダクトは、どのようなプロセスで開発されているのでしょうか?

中西:

基本は、研究員一人ひとりが「つくりたい」と思うテーマを持ち寄るところから始まります。そこから横断的にチームを組み、それぞれの専門性を掛け合わせながら価値を磨き上げていきます。そうして生まれた一つひとつの製品を、デザインの力でプロダクトに仕上げてくれているのが、プロダクトデザイナーの長竹さんです。

“アンチ・究極・超越”、fibonaの価値観を宿すデザイン

──長竹さんは、fibonaブランドのすべてのデザインを手がけていらっしゃいます。最初に声がかかったときは、いかがでしたか?

長竹:

fibonaのデザインを任されたことは、自分にとっても大きな挑戦でした。私はふだん、数万から数十万ロット規模のグローバル商品のデザインを手がけていますが、fibonaは小ロット・少量生産で、しかもみなとみらいの研究施設内で生産される非常にユニークなプロダクトです。制約はある反面、大量生産では難しい表現や技術に挑戦できる環境であることに、大きな魅力を感じました。fibonaだからこそ可能なデザインを追求していこう、と気持ちを新たにしました。

──「fibona」ブランドのデザインコンセプトは何ですか?

長竹:

中西さんから共有された「アンチ・究極・超越」という価値観を、どう視覚に落とし込むか。そこからデザインの軸を組み立てていきました。そこで私が掲げたのが、「Beyond the Beauty(美の既成概念を超えていく)」というコンセプトです。フィボナッチ数列に象徴される“美の真理”と、“未完成・先進テクノロジー・参加型”といったfibonaの挑戦的な要素を掛け合わせ、これまでにない体験をデザインで表現したいと考えました。また、商品には「Uncovering Beauty Curiosity(美の好奇心を解き明かす)」というコピーを入れています。ブランドロゴはあえて目立たない位置に小さく配置していますが、それはfibonaが“ブランド”よりも“コミュニティ”や“共創の場”として存在することを大切にしたかったからです。

中西:

長竹さんのデザインは、fibonaの価値観をまさに視覚化してくれていると感じています。

プロダクトの個性を解き放つ、デザインの挑戦

──これまでに、「スキンアクセサリー」を皮切りに、「香肌晶」、「洗顔セラム」、「Stress G Harmonizer」の4アイテムがリリースされています。プロダクトデザインにおけるポイントを教えてください。

長竹:

容器のフォルム自体は、ベーシックな形状をベースにしています。そこにラベルや意匠の工夫を加えることで、静と動のバランスが生まれ、ダイナミックな印象を与えられるようにデザインしています。

商品ごとにパッケージやラベルの形状が異なるのも意図的なもので、「カテナリー曲線」という自然の法則にインスパイアされた造形を取り入れています。これは、ロープの両端を固定して垂らしたときに描かれる建造物などに応用されている曲線。いわば、“物理の真理”ともいえる造形なんです。容器からはみ出したデザインは、「美の真理」の“超越”というfibonaの思想を象徴するものとして考えました。

(スキンアクセサリー)

(スキンアクセサリー)

──まさにfibonaの思想がデザインで表現されていますね。当初は、ほかのデザイン案もあったのでしょうか?

長竹:

はい、実はもう少し落ち着いたトーンの別案もありました。

中西:

最終的に経営陣にプレゼンし、どちらにするかを決めたのですが、その際に圧倒的な支持があったのが今のデザインです。デザインを見た瞬間、みなさんも「はみ出していこうよ!」「挑戦していこうよ!」って言っていました(笑)。

 

──カラーリングもユニークで素敵です。

中西:

fibonaにはブランドのデザインコードがあり、その中で長竹さんがバランスを取りながら、かなり大胆にカラー展開をしてくれています。

長竹:

グレーは「美の真理」を、ホログラムのようなカラフルな色味は「挑戦」を象徴しています。ベースとなる美の真理に挑戦が差し色になるよう、プロダクトの個性に合わせて比率を調整しています。たとえば、「スキンアクセサリー」は、顔に描くメイクのようにペインティングタッチに。「香肌晶」は、香りがふわっと広がるイメージでデザインしました。「洗顔セラム」は、実際の泡を撮影した画像をもとにマーブル模様にして、「Stress G Harmonizer」も同じく泡の写真を活かし、雲を思わせる表現に仕上げています。

(香肌晶)

(香肌晶)

──それぞれのプロダクトに入った横線や、「03-215」などのナンバーも印象的です。

長竹:

横線は、画像が壊れた時にできる偶然のノイズ(グリッチ)なんです。アナログ的なアートの要素に、デジタルの“偶発的な破壊”を重ね合わせることで、fibonaブランドの「美の真理」と「実験性」を融合させようと考えました。デジタルアートに専門性のある知り合いにプログラミングで破壊された画像をランダムに生成してもらい、100枚単位で出力されたデータの中から、最もプロダクトに合う色や線の入り方を選んでいます。

中西:

各プロダクトに記されたナンバーは、商品開発に携わった研究員たちの思い入れのある数字が刻まれているんです。

(Stress G Harmonizer)

(Stress G Harmonizer)

──デザインする上で特に苦労した点はありますか?

長竹:

fibonaのプロダクトでは、限られた要素のなかで、いかに個性を表現するかが重要です。そのため、外装設計の部署や工場と連携しながら、「できること」「できないこと」のすり合わせを丁寧に進める必要がありました。その工程が最も大変だったかもしれません。限られたスケジュールのなかで、クオリティの高いものをどうつくるかという点でも苦労しました(笑)。取引先の工場も自分で探して、研究所の外装担当者に協力いただきながら、実際に現場へ足を運んで、印刷の微調整をお願いしたり……。無理を承知でお願いすることもありましたが、そうした一つひとつを、泥くさく積み重ねながら進めていきました。

中西:

今は、取引先の方や工場のメンバーとも付き合いが長くなってきたこともあり、「長竹さんが言うなら」と、信頼をベースにスムーズに進むことが増えてきています。

(洗顔セラム)

(洗顔セラム)

“未完成”のプロダクトからfibonaが拓く未来

──緻密に設計されたデザインと地道な工場との連携によって生まれたfibonaブランドだったのですね。中西さんは、研究所発のプロダクトが形になる喜びはいかがですか?

中西:

それまで試験管に入っていた液体状のものが、美しいデザインをまとって店頭に並ぶ。それを見たときの感動は、何度経験しても新鮮です。ものづくりの尊さやおもしろさを毎回実感していますが、そこに至るには、ブランドの思想や開発の方針を、どうチームで共有して同じ軸で進めていけるかが大切なんです。その点で、抽象概念への理解が深い長竹さんの存在は、本当に心強いですね。デザイナーと研究者が、“抽象”と“具体”を行き来しながら言葉を重ね、形にしていく。その過程を通じて、研究者自身も「考え方から設計する」という視点を持つことができています。

──これから、fibonaをどのように育てていきたいですか?

中西:

2019年にfibonaの取り組みを始めた当初から、「美の固定概念をどう疑うか」というテーマを大切にしてきました。“こうでなければいけない”というルールに縛られず、それぞれの人が自分なりの美しさを楽しめる。その価値観が、fibonaを通じて少しずつ広がってほしいと思っています。

また、店頭で「こういう商品だったら使ってみたい」など、意見をくださる方々に出会ったり、オンラインコミュニティの「Club fibona」から新たなつながりが生まれたりすることも楽しみにしています。今後もこれまでのメーカーの枠組みを超えるような挑戦をしていきたいです。

長竹:

資生堂本体のブランドは、より多くの人に届ける商品設計をしていますが、fibonaは、どちらかというとユニークな視点や感性を持つ人にこそ響く、ある意味“ニッチ”なブランドだと感じています。だからこそ、私自身も新しい表現に挑み続けたいです。そして、fibonaの試みが、やがてマスブランドにも取り入れられるような、新しいスタンダードにつながったら嬉しいですね。

 

(text: Ikumi Tsubone photo: Yuko Kawashima  edit: Kaori Sasagawa)