fibona Lab

まるで雪の結晶──日本独自の香り文化を新たな日常に。
「香肌晶」が誕生するまで

2025.1.15

資生堂研究所のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」が発信する、「世の中にない」を共創するビューティープロダクツより1月22日に「香肌晶(かはだしょう)」がローンチする。

「香肌晶」は、香りの強さや質の変化の大きい西洋の「香水」とは異なり、日本独自の香りの文化やインサイトを落とし込んだ、自分自身のための香りアイテムだという。

「香肌晶」はどのようにして誕生したのか。
どんな新しい香りの体験が生まれようとしているのか。

「香肌晶」の香料開発を手がけた幸島柚里、基剤開発を担った高橋希佳、外装開発の名越雅彦、プロジェクトの進行管理を担った豊田智規。開発チームの研究員4人に話を聞いた。

日本ならではのインサイトを、新たな香りの体験に

──まずは、みなさんの自己紹介と「香肌晶(かはだしょう)」プロジェクトにおける役割を教えてください。

幸島:
香料開発をしている幸島です。「香肌晶」では香りの開発を主に担当しました。

高橋:
パウダリーファンデーションなどの粉末基剤の開発を行っている高橋です。「香肌晶」ではどのような技術を用いてどのような性状にするか、といった基剤開発を担当しました。

名越:
私は、容器の設計と開発を行っております。「香肌晶」では容器と容器を入れる箱の外装開発を担いました。

豊田:
私は、商品をつくっていく上でのプロセス整理やマネジメント、進行管理を行うプロジェクトマネージャーとして携わりました。

──あらためて、「香肌晶」とはどのようなプロダクトなのでしょうか?

幸島:
「香肌晶」は、日本独自の香り文化にインスピレーションを受けて開発した香りのアイテムです。

香道に代表される日本ならではの香りへの向き合い方の1つに、香りを鑑賞する文化があるのですが、同じ香りの文化でも西洋の香水とは価値観が大きく異なります。香水は他者に香りをアピールする文化ですが、香道は“自分自身が香りと向き合う”ことを目的とします。

香りを通じて自分の心と向き合い、整えていく。そして肌自体が香るような自分だけの残香感を楽しむ。この日本ならではの身だしなみ発想に基づく新習慣を、ぜひお客様に楽しんでいただきたい。そんな思いがコンセプトになっています。

高橋:
その話を幸島さんに聞いた段階から、基剤開発担当としては「難しいポイントが結構あるな」と感じていました。

一般的なフレグランスは、香料成分が揮散する仕組みになっています。揮発することで香りの分子が空間中に広がって周囲に香りを放つのですが、今回は「自分自身にしかわからない香り」、つまりパーソナルスペースが香る設計が求められている。それは一体どんな基剤なのか? と試行錯誤するところから始まりましたね。

「香肌晶」の基剤開発は、215回の試作を経て、最終的に、結晶のような性質のパウダー状態を可能にする技術にたどり着きました。

──実際にパウダーに触れてみると、べたつかず、とろけて肌にしみ込んでいく。心地よい感触ですね。

幸島:
「香肌晶」は、雪の結晶のようなフレーク状態の基剤です。感触としては、“サラサラ”よりも“ホロホロ”のほうが近いと思います。

この粉末状の基剤を指先で少量すくい取り、手の甲に載せ、指先でなでるように優しく塗っていきます。すると、肌の上で粉がゆっくりと淡雪のように溶けていきます。

幸島:
まるで肌自体が香る結晶。「香肌晶」の商品名はここから名付けました。

粉末状の基剤が肌に馴染みきったら、手の甲を鼻の近くまで持ってきて、三息ほど呼吸をします。吸って、吐いて、をゆっくり繰り返しながら香りに集中する時間は、リフレッシュやリセットの時間にもつながります。

ただ香らせて終わりではなく、感触や香りの変化を丁寧に楽しんでいただくことがマインドフルネスの新習慣になる。そんな価値まで含めてお客さまに楽しんでいただけたらと思っています。

「自分のために、長く香る」を叶える新技術

──肌にしみ込んだ香りが、長く残り続ける点は、一般的なフレグランスとは大きく異なりますね。

高橋:
香りが長く残るのは、香り成分が揮発しないように油などの成分を組み合わせてシールドを作っているためです。その前提に立った上で、本来は溶けない粉を肌の上でどのように溶けていくように感じさせるかが基剤開発の最大の課題でした。

一般的に結晶性のものは、温度が高くなるほど溶けやすくなるため、安定化するのが非常に難しい構造になっています。高温になるとすぐ溶けてしまいますし、そうなると元の形状には戻らないのが普通です。

その課題をクリアしたのが「香肌晶」の独自技術です。結晶状態をなるべく安定に保ち続けたまま、肌の上、体温付近の温度で溶けるように基剤開発をしています。また、いったん溶けてクリーム状態になっても、冷蔵庫などで冷やすと再び元の結晶状態に戻るのが特長です。

高橋:
可逆性を担保するように設計したこのテクノロジーは今までにはない新しい技術です。

また、使用性にもこだわっています。香らせる役割と雪の結晶がとけるような感触。どちらも兼ね備え、変化を楽しめるようにこだわった、滅多にない面白い使用感の商品になったのではと自負しています。

このユニークな価値をお客さまがどう受け入れてくれるのか。「香肌晶」というプロダクトの大きな実験でもありますね。

──香りは2種類ですね。どんな香りなのでしょうか?

幸島:
香りは「凛とした檜の香り」と「甘美な蜜柑の香り」の2種類を用意しました。

凛とした檜の香りは、檜をメインにシャープなスパイシーノートを付与しました。他にはないしっかりと個性がある香りづくりにチャレンジしました。甘美な蜜柑の香りは、誰もが親しみやすい柑橘の香りにリッチなフローラルを重ね、柔らかな香りに仕上げました。

香水は最初に強く香りますが、「香肌晶」の香りはそこまで最初は強く香りません。しかし、それでも香りが長く持続することが特長です。自分のために香らせることがコンセプトですから、やや弱めの香りがほどよく長く続いていくところは他の香りアイテムと違うところですね。

飛び出すパッケージ、“枠にとらわれない”fibonaの世界観

──ユニークな「香肌晶」を包む、外装や容器の特色についても教えてください。

名越:
「香肌晶」の容器は透明感のあるガラス製の容器を選択しました。普通の樹脂素材でも同じような外観にはなりますが、手に持ったときの重みや高級感という意味では、やはり肉厚のガラス素材がベストでした。新感覚ならではの使用感を体感していただけるように、指で掬いやすい広口の容器になっています。

幸島:
透明の容器にこだわったのは、「今までにない新しい基剤を見ていただきたい」という思いからです。檜のグリーンと蜜柑のオレンジ、それぞれの蛍光色のニュアンスにもこだわりましたよね。

名越:
デザイナーからは蛍光色を使いたいという要望がありました。ただ、蛍光インクを使うと日光に対してあまり強くないため、メンバーやデザイナー、取引先さまと議論を重ねて、通常のインクを用いて蛍光色に近い色味を再現しています。

一番苦労したのはガラス容器を入れた箱のパッケージデザインです。卵型の線が箱から一部飛び出した意匠のレーベルは、一見するとシールを貼っているようにも見えますが、箱の紙の一部です。

名越:
私も取引先さまもこのようなデザインは初めていうこともあり、何度も相談を重ねました。通常、箱は1枚の紙から打ち抜いた後、辺同士を接着し箱の形状になるようにします。今回、接着時に飛び出した部分が邪魔になってしまうという問題をどう回避するかが課題でしたが、工場や多くの方にアドバイスをいただきながら試行錯誤し、実現できました。

豊田:
デザイナーからは、ほかのfibonaの商品同様に一部を外に飛び出させることで、枠にとらわれずチャレンジする姿勢を表現していると聞いています。

名越:
そうですね。箱だけでなく容器の一部も飛び出したデザインになっています。飛びだしている部分の裏面には、fibonaのロゴが入っています。

──これまでにないプロダクトを開発するにあたって、進行プロセスにもご苦労があったのでは?

豊田:
2024年5月に始動して翌年1月発売のゴールを目指すという短期間でのスケジュールだったため、開発プロセスもブラッシュアップが必要でした。

研究所から新商品を生み出していこうという試み自体が私たちにとっては新しい挑戦だったので、仕組みから立ち上げていく試行錯誤の難しさは少なくありませんでした。

豊田:
「香肌晶」プロジェクトの素晴らしかった点は、チームのみなさんがそれぞれの持ち場プラスαの領域までしっかり考えてくれていたことです。

基剤開発の高橋さん、香料開発の幸島さん、外装開発の名越さん、他のメンバーも含めて、自分の領域を越えて広く物事を捉えてプロジェクトに関わってくれる人ばかりでしたから、お互いをフォローしながら活発な議論ができたことは、進行する上でも本当にありがたかったです。

他の視点でいうと、たとえば、私は名越さんをはじめ外装開発を担当されている方々がお取引先さまと普段はどんなやり取りをされているのかこれまで全く見えていなかったのですが、実際に一緒に進めていくなかで「外装開発ってこんなご苦労があるんだな」等、新たに気づけたことがたくさんありました。そのほかの領域も同様にたくさんの気づきがありました。自分の領域以外の視野を広げられたことは、今後の仕事にも活かせる大きな収穫でした。

fibona、実験的な「香肌晶」がつくる未来

──最後に、「香肌晶」ローンチにあたっての思いをお聞かせください。

幸島:
「香肌晶」という商品がもたらす体験、中味だけでなく、所作も含めた新しい香りの習慣をどのようにしてお客さまに伝えていくかがこれからの課題だと思っています。

Shiseido Beauty Parkでの数量限定での販売になりますので、対面でしっかりとその価値をお伝えしていけたらと思っています。そこで得られたお客さまの声をさらに今後の商品開発にも活かしていきたいですね。

高橋:
私はこれまでさまざまな基剤を開発してきましたが、今の世の中におそらく存在しないような実験的商品を形にできたと思っています。あえて中味の溶けるような変化を楽しむ所作まで含めて設計した「香肌晶」という商品がどこまでお客さまの心に響くのか、価値として認められていくのか。その反応を楽しみにしています。

もうひとつ、個人的に日本は今まさに生活の中で香りが再注目されつつあるように感じているので、基剤開発から一緒にできることが今後もまだたくさんあるはずと思っています。

名越:
外装開発担当としても、初めての試みが多いがゆえに苦労も多いプロジェクトでしたが、通常の製品化プロセスとはまた違った緊張感や達成感がありました。達成できたのは、ここにいる皆さんをはじめとした多くの方からのお力添えとチームワークがあってこそ実現できたことだと思います。短期間でここまで形にできたことは素直にすごいと思いますし、携わることで得られた経験を次の製品へと活かしていけると感じています。

豊田:
チャレンジングだったからこそやりがいもあったという意味では私も同感です。既存のブランドではできないことがスピーディーに試せることがfibonaの良さだと思います。私の立場としては、第2、第3の「香肌晶」を開発するために、今後もさまざまな専門分野を持つメンバーと一緒にチャレンジしていくために、引き続きその仕組み作りを考えていきたいと思っています。

(text: Hanae Abe photo: Yuko Kawashima edit: Kaori Sasagawa)