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「これが本当のアジャイル開発」ExtraBoldとfibona、2年間の共創で得たもの

2021.09.7

2019年7月のプロジェクト始動から、今年で3年目を迎える資生堂のオープンイノベーションプログラム「fibona」。
その活動の柱のひとつ「Co-Creation with Startups」では、資生堂主催のピッチコンテストで採択された株式会社ExtraBoldとの共創が進んでいます。

大型3Dプリンタを開発するなどデジタル領域に強みを持つExtraBoldとの共創は、互いにどのような収穫をもたらしたのか。
2019年のピッチコンテストから、2年間の共創で得られた刺激や成果について、ExtraBoldの井出まゆみさん、長坂由起子さん、fibonaメンバーの柳原、ブランド価値開発研究所の寺西が、S/PARKにあるコラボレーションラボで語り合いました。

資生堂と「3D技術」の意外な共創


──まずは、ExtraBoldという会社と、お二人の自己紹介をお願いします。

井出:
株式会社ExtraBoldは3D技術の活用と主に大型3Dプリンタの研究開発している会社です。現在、自社開発機量産化の段階に入りましたので、そのための調整や準備を整えている真っ最中です。

もともとは3D技術を活かしたものづくりや人材育成、企業との合同プロジェクトなどを中心に、研究・開発をするデジタルアルティザンという会社で活動していましたが、コロナ禍の影響もあり、いくつかの研究案件の中から、大型3Dプリンタ開発を選択し、ExtraBoldに再編した背景があります。現在デジタルアルティザンは別の経営チームでAR・VRのバーチャル3D技術中心の会社として生まれ変わっています。

ですから、2019年に資生堂さんのピッチコンテストで採択された当時と共創1年目は、デジタルアルティザンとして、2年目後半からExtraBoldとしてお付き合いしている、という形です。私はCOO(最高執行責任者)として事業全体を見渡す役割を担っています。

──長坂さんはExtraBoldの研究員とのことですが、ご専門はどのような分野ですか?

長坂:
私は大学で光専門の研究室を経て、メーカーで光を使った計測や製造技術、ホログラフィーなどの研究畑を10数年間歩いた後、デジタルアルティザンのメンバーになりました。今はExtraBoldで光計測の研究開発や、プリンタ周りの新技術の実験検証などを担当しています。

──そもそも、2019年に資生堂のピッチコンテストに応募した動機は何だったのでしょうか。

井出:
きっかけのひとつは、資生堂さんの「ブレイルネイルズ」プロジェクトで視覚障害者の方のための3Dプリントネイルの開発に、弊社も技術協力として携わったことです。

その後のS/PARKに象徴される一連の新しい取り組みを興味深く見ていました。美容や化粧品だけではなくて、運動や栄養と美や健康との関係、生活全般、生き方そのものにまでフォーカスしようとしている方向性を感じましたし、そこに私達の3D技術が活用できたらいいな、何か接点があるんじゃないかな、という思いがあったんですね。そんなときに人づてに「ピッチコンテストがある」と聞いて応募しました。

アウトプットにつなげる開発のエネルギー


──柳原さんは、fibonaメンバーとして2019年のピッチコンテストに運営として参加されています。デジタルアルティザン(当時)のプレゼンはいかがでしたか。

柳原:
すごく印象に残っていますね。まず思ったのは、「プラットフォーム式の組織」の在り方が新しいな、という点。私が資生堂の一社員であるように、やはりまだひとつの企業に属する形が多いですよね。でも当時、デジタルアルティザンさんにはマルチキャリアの方が多く所属されており、各自が得意なデジタル技術を活かして、活動に参加されていました。

そのせいか、代表の原さんをはじめ、みなさん揃って好奇心旺盛で、とにかく「アウトプットに持っていくエネルギー」がすごかったんです。

スタートアップ企業のみなさんとコラボレーションするにあたって最も重視したのは、当然「自分たちが持っていない技術」です。でもそれに負けず劣らず、デジタルアルティザンさんのエネルギーは魅力的でした。

井出:
ありがとうございます。私たちは研究開発ベースの会社ですが、「ある技術を別の何かと組み合わせて、どうすれば市場に出せるか」にフォーカスしています。個々の技術にこだわるよりは、それをどう組み合わせて使えるものにするか、という意識のほうがより強いんです。ですから、2019年当時は自分たちの技術を活用してくれる場がないか、という目線で色々なプロジェクトを探していました。

長坂:
ものつくりの3D技術の活用って、男性の技術者が多くて生活者の方々にはまだまだ縁遠い世界じゃないですか。そんな自分達が「え、資生堂さんとのコラボを目指すの?」って最初は驚いたんですよ。やっぱりメイクや美容の印象が強かったので。例えば、電機メーカーと組むことは想定内でも、資生堂さんと自分たちが組むイメージはまったくありませんでした。

でもよく考えてみると、お互いに全く違う世界の人たちが出会うほうが、インパクトのあるものが生まれますよね。私たちの技術と資生堂さんの強みがガッチリ組み合わさることで、それまでにはなかったものが生まれるんじゃないか、という期待感がありました。

「これが本当のアジャイル開発!」という衝撃


──2019年のピッチコンテストでは3社が採択されました。デジタルアルティザン(当時)の採択理由は、「同社が持つ人体の3Dスキャニング技術と、資生堂が持つ肌や健康に関するデータとを掛け合わせた新たなサービスを提供することを目指す」というものでした。実際に共創プロジェクトが始まってみるといかがでしたか。

寺西:
開発プロセスがまったく違うことに驚きました。弊社の通常の製品開発だと、企画を行う事業部がいて、それに合った製品を作る研究所の中味や情報、外装や香料などの様々な分野の研究員、他にもデザイナーや工場の量産担当の方など、多数の人が連携しつつ、ブランドコンセプトに合わせてアイテムを創り上げていく、というプロセスなんですね。要するに、結構かっちりしているんです。

その点、デジタルアルティザンさんはとにかく機動力が高かった。「こういうことをやってみたい」というアイデアを僕らが持っていくと、「ちょっと考えてみます」と言った数週間後には、もうプロトタイプが出来上がってきたんです。それを試してフィードバックして、また工夫して…という流れで、すごくスピーディーにものづくりが進んでいくんですね。

「アジャイル開発」が重要とは資生堂でも言われていましたが、今までにないモノを作ろうとした時のスピード感は、全然足りなかったんだな、と気づかされましたね。「これが本当のアジャイル開発だ!」と実感できたことはいい経験になりました。

※アジャイル開発:「俊敏な」を意味するソフトウェア開発手法のひとつ。プランニングから実装、テストまでを約1~2週間ほどの短いサイクルで回していくやり方。



井出:
そこは、私たちのほうが驚かれることがむしろ意外でした(笑)。まずは試す、ダメだったらどう解決するか、という地点まで戻る。そのくり返しが私たちの普通でしたし、スタートアップはそういった柔軟性や機動力とチャレンジがないと価値がありませんから。

長坂:
たしかに、フットワークの軽さは私たちの売りかもしれません。

柳原:
最近は、fibona以外の研究でもExtraBoldさんにお世話になっているんです。例えば、「3Dで顔形をとりたい」となったときに、デジタルに強くない研究員もいますから、アイデアをそもそも誰に相談して良いかすらわからなかった。でも今はデジタル領域の悩みであれば、ExtraBoldさんに相談すると必ず何かしらの答えやアドバイスをいただける。我々のやりたい事に合わせて、技術をカスタマイズするご提案やいろいろなメンバーのご紹介をしてくださるので心強いですね。

寺西:
一般的なスキンケアやメイクなどの化粧品では、資生堂は既に開発プロセスを確立できています。ただ、新規性の高いデバイスや、一人一人に合わせたパーソナライズアイテムなどに関して、資生堂にはまだまだ改善の余地がある。さまざまな課題を解決していくために、今後はさらに3D技術を活用していく機会が増えていくのだろうなと感じています。

井出:
3D技術の大きな強みは、「その人に合わせられる」ことです。測定して、3Dプリンタで製品を作ることで、1個1個がカスタマイズされたアウトプットになりますから。同一の金型で大量生産する製品とは大きく違いますよね。

3D技術を使うことで、その人のニーズにぴったり合った、あるいは、その人を測定・評価できるからこそ生み出せる美しさや満足感がきっとあるはずです。私たちとしてもそこにきちんとフォーカスできるアウトプットをしていきたいし、資生堂さんと組むことで期待する未来に近づいている手応えはあります。

長坂:
やっぱり「資生堂」って誰もが知る企業ですよね。「資生堂が3D技術を活用する」という事実自体が、3D技術の認知拡大や世間へのアピールにつながっていくはずという期待もあります。

柳原:
現状は、アドバイザーのような形で携わっていただいているプロジェクトがいくつか並行して進んでいる状態です。それぞれのプロジェクトにはもちろんゴールはありますが、この共創自体には特に明確な期限を設けていません。今後も何かあればお互いに相談できる関係が続けられたらうれしいですね。

「パーソナライズ」には3D技術が必須になっていく


──最後に、共創を通じて今後成し遂げていきたいことや抱負をそれぞれ教えてください。

井出:
これまでは、プロジェクトごとに3Dのデジタル技術を使った測定やプロトタイピングなどのお手伝いをさせていただくことが多かったんですね。でも今後は私たちのハードなものづくりで活用されている3D技術を、資生堂さんのソフトな実店舗で活用できるものが何かできたらいいな、というのが個人的な願望です。

長坂:
どうしても3D計測や3Dプリンタって非日常のものと思われがちですが、もっと日常に溶け込むような「やわらかい」活用法を世の中に広めていきたい。資生堂さんのユーザーは圧倒的に女性が多いので、彼女たちにも届くような3Dの技術や形状を活かしたものをいずれ開発していけたらうれしいですね。

寺西:
共創プロジェクトを通じて、自分の中のものづくりの価値観が大きく変わりました。デジタルアルティザンさんとの共創から始まったトライアルは、現在もブラッシュアップを進めています。今後は一人ひとりが自分に合うものを見つけられるように、カスタマイズ性を突き詰めていく方法をさらに模索していきたいですね。技術の面白さを、お客さまのベネフィットにどうつなげられるか。それを具現化していくために、今後もお力をお借りできたらと思っています。

柳原:
一人ひとりに合わせて最適化していく「パーソナライズ」の波が不可逆的な流れのなかで、資生堂がすべきことは何か。そう考えたときに、「美」というものを捉え直す必要があると思っています。美しさは顔の造作だけではなく、表情の動きや所作、醸し出す雰囲気も含めてつくられるものです。

つまり、パーソナライズって掛け算なんです。いろんな要素が掛け合わさって生まれるからこそ、3D技術やデジタルなしでは解決できない領域になってくる。そして資生堂は、この分野において自分たちの技術は決して強くないと自覚しています。だからこそ、高い技術力や魅力的なアイデアを持つExtraBoldさんをはじめとしたスタートアップ企業のみなさんの力を借りながら、技術の使い道を一緒に探していけたら心強く思います。美の対象を広げていくことは、必ずお客さまへの貢献につながると私たちは信じています。

Project

Co-creation with startups

ビューティーテック業界を中心とするスタートアップ企業との共創を目指したアクセラレーションプログラムです。

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