「fibonaから研究開発のカルチャーは変わっていく」 プロジェクトオーナーが語る2年間の歩みとこれから
2021.08.12
2019年7月のプロジェクト始動を経て、今年で3年目を迎える資生堂研究所発のオープンイノベーションプログラム「fibona」。
スタートアップ企業との共創に取り組む「Co-creation with
Startups
」、研究員とコンシューマーが直接コミュニケーションしながら商品やソリューションを開発する「Co-Creation
with
Consumers」、研究によって生まれたテクノロジーが活かされたプロダクトを、β版として市場にスピーディに導入する「Speedy
Trial」、異業種の方々との交流から研究員の熱意やアイデアを刺激する「Cultivation」の4つの取り組みを通じて、美のイノベーションの実現を目指してきた。
fibonaがこの2年間の取り組みで得たたしかな手応えとは? 「意思決定も変化スピードも遅い老舗企業」から脱するために、fibonaではどんな取り組みをしたのか。プロジェクトオーナーでR&D戦略部長の荒木秀文が、これまでの歩みをふり返り、今後の展望について語った。

資生堂の研究開発の現場が感じていた危機感
──あらためて、fibona設立の背景について教えてください。
荒木:
現社長の魚谷雅彦が就任した2014 年以降、「日本の化粧品メーカーから、グローバルなビューティーカンパニーに変わっていこう」という方向性が明確になったことで、さまざまな施策を行ってきました。その変革の一環として、2019年には研究開発拠点をみなとみらいに移転。都市型オープンラボとして資生堂グローバルイノベーションセンター、通称S/PARK(エスパーク)を設立しました。
それまでの資生堂の研究スタイルは、基礎研究から出発し、約2~4年かけて技術的な新しい知見を得て、応用研究を経て製品開発に至る、という流れでした。つまり製品開発までトータルで5~10年ほどかかっていたんですね。
ところが、世の中の変化のスピードが加速したことによって、従来型の研究スタイルでは市場の動きに追いつけなくなってしまいました。

──トレンドの動きが加速したことで、大企業ならではの開発のあり方のデメリットも見えてきたのでしょうか。
荒木:
そうです。かつてはしっかりした研究成果に基づいた製品開発は資生堂の強みでした。ところが2010年代に入ってからは、それが強みになり得なくなってしまった。もちろん社内でもその認識はありましたから、「従来型とは異なる価値開発モデルを模索すべきだ」という声が次第に挙がるようになりました。
さらに、会社の事業領域の定義を「化粧品」から「ビューティー全般」へと広げたことによって、これまで蓄積してきた自前の技術だけでは足りなくなるだろう、という危機意識もありました。
ならば、研究ドリブン型の従来モデルではなく、市場や消費者に近いところを起点として、外部の新技術と連携やコラボレーションをしながら新しい研究開発のあり方を模索していくべきだろう、と。そんな経緯を経て誕生したのが、オープンイノベーションプログラムとしてのfibonaです。

研究員に示した「新しい研究開発」の形
──ほぼクローズドだった研究施設で、オープンイノベーションプログラムの取り組みが始まったことは、研究員にとって大きな変化だったのでは?
荒木:
実はfibonaを立ち上げた目的のひとつに、研究員のマインドを変えていく狙いもありました。
資生堂の研究員は、いわゆる“優等生タイプ”が多いんですね。もちろん研究者として優秀ですし、お題があってそれに勤勉に取り組むことを得意としています。その一方で、先が見えない不確実性の高いプロジェクトにチャレンジするタイプは非常に少ないと感じていました。
そういう状況で、いきなり「外部と連携していこう」といってもなかなか難しい。だからこそ、オープンイノベーションプログラムを通じて新しい研究開発の形を見せることで、「こういうやり方にも挑戦できるよ」と伝えていけたら、と考えました。

──研究員のみなさんの反応はいかがでしたか?
荒木:
最初はやはり様子見的な反応が多かったですね。ただ、この2年間でクラウドファンディングでのローンチやスタートアップ企業との共創、外部の方々とのセッションなどの施策を、目に見える形で提示してきたことで、外部とのコラボレーションをしていくイメージが伝わった感触はあります。最近になってfibonaへの参加希望者がぐっと増えたのもその証明だと捉えています。
とくに若い世代の希望者が目立ちますね。「この技術でものづくりをしたい」と具体的なビジョンを示す研究員も増加しました。「fibonaってこんな風に使えばいいんだな」というイメージが描けるようになったのではないでしょうか。

fibonaの核は「多様な知と人の融合」
──fibonaのスタートから2年が経ちました。変わらず大切にしている部分、変えていきたいと考えている部分はそれぞれ何でしょうか。
荒木:
まず、一貫して変えていないのは「多様な知と人の融合 」を目的とするスタンス。これはあえて変えない、今後も守り続けるメインコンセプトです。このコンセプトはfibonaの真ん中にある核であり、研究施設とお客さまとのコミュニケーションスペースを一体化させたS/PARKもこれに基づいて設計しています。
トレンドの話にもつながりますが、かつては化粧品のカウンターにお客さまが来て、肌測定をしてビューティーコンサルタントが商品をお勧めする、という形が一般的でした。正解を知っているのも教えてあげるのも、メーカー側の役割だったのです。ところがインターネットが普及して誰もが情報をいくらでも入手できるようになった今は、情報の非対称性はもはや崩れ去っています。むしろお客さまのほうが多様な情報を持っていることも珍しくない。それならば、私たちメーカー側としても、お客さまの生活実感に基づいた言葉を参考にしながら価値づくりをするスタイルに変えていかなければなりません。
他方で、意識的に変えていかなければと思っているのは、「外部の方から見たときの資生堂の印象」です。老舗であるがゆえに“意思決定やプロジェクトの動きが遅い大企業”という世間の見方はまだ根強いので、fibonaを通じてそのイメージをなんとか払拭していきたいですね。これは3年目に入った現時点では、まだ十分に達成できているとは言えません。
fibonaがピッチコンテストを実施する理由
──fibonaの活動のひとつに、スタートアップとの共創「Co-Creation with Startups」があります。
荒木:
「Co-Creation with Startups」では、ピッチコンテストを通じて共創相手となるスタートアップ企業を探してきました。
ピッチコンテストという形態を選んだのは、技術だけではなく、お互いの情熱やビジョンを深く知り合った上で共同研究を進めていきたかったからです。

他社メーカーでも同様のプロジェクトはありますが、fibonaのこだわりは資生堂の研究員がしっかりと前面に出て、パートナーとして向き合いながら協業していく点です。私たちは単に新技術が欲しいわけではありません。新しい知見を見出していくには時間がかかりますから、お互いの良さを活かしながら成果を出していきたい。
そういう意味では、ピッチイベントという真剣勝負の場で、私たちもスタートアップ企業にジャッジしていただく対等な立場にあると思っています。
──スタートアップ企業にとっては、資生堂と組むことでどのようなメリットがあるのでしょう。
荒木:
まずは、みなとみらいに位置するS/PARKの研究施設を十二分に活用していただけることだと思います。共創相手となったスタートアップは、S/PARKの4階にあるコラボレーションラボの一室に入居して共同研究を進める形を取る可能性があったり、プロトタイプができたときには、施設の1、2階を使って一般のお客さまに試してもらうこともできます。一般の生活者の方々のフィードバックが得られることも、魅力として受け止めてもらえるのではないでしょうか。
もうひとつ、私たちの強みである長年培ってきた皮膚科学の研究知見を提供できることも大きなメリットになるはずです。現在は、2019年のピッチコンテストで採択した3社のスタートアップ企業さまとのプロジェクトがそれぞれ進行中です。
コンテスト開始前はまったく共創を想定していなかった分野からのご応募もあって驚きましたし、いずれも固有の必殺技のような技術をお持ちだった。3社ともに「この方々となら、新しいことができるかも」と思わせてくれる期待感がありました。

──選考は、すべて資生堂の研究員が行っているのでしょうか。
荒木:
書類選考の段階から、すべて研究員が目を通しています。資生堂の強みは、理系の修士や博士を修了した研究員が多数いること。つまり、各分野の目利きの研究者が新技術の可能性をしっかり判断しています。
もちろん、共同開発によって得られた成果は、共同で特許を出願し、両者でシェアする形が基本となります。今はまだ3社とも途中段階ですが、最後にイノベーションが生まれて製品につながるところまで、この先もじっくり進めていく予定です。
今年も共創プログラムは開催予定ですので、化粧品や美に直接関係がない分野でも、技術に自信のあるスタートアップ企業さまのご応募をお待ちしています。
fibonaが資生堂の研究開発カルチャーを変えていく
──2年間のfibonaの活動が、資生堂の研究開発にさまざまな刺激と影響を与えたことがうかがえます。最後に、fibonaの今後の展望について教えてください。
荒木:
fibonaを通じて、素晴らしい技術を持つ世界の方々と一緒に、新しい研究開発のあり方を確立していきたいと思っています。研究所だけの活動にとどまらず、資生堂という会社全体のオープンイノベーションプログラムにまでfibonaを昇華していきたいです。

ひと昔前の研究スタイルは、市場やお客さまと接点がないことが普通でした。たしかに、研究者同士で議論や思考を繰り返し、自分の専門分野を深く探究していくことがモチベーションとなる研究者もいます。
けれども、生活者に徹底的に向き合い、「こういうものが欲しい」という声を聞いて、自分の技術力でそれを具現化させていく。目の前の誰かの笑顔に喜びを感じる。そんなプロセスがモチベーションになる研究者も決して少なくありません。若い世代の研究者ほど、「社会にいいインパクト与えたい」というポジティブな気持ちがモチベーションになっているように個人的には感じています。
どんな大企業であっても、自前のリソースには限りがありますから、やはり外部の人や知とどんどんつながっていくしかない。今は壁を取り払ってしまえば、世界中のデータや技術、研究者たちにアクセスできる環境があります。イノベーティブな発明で社会をハッピーにしたい。そういった理想を抱いている人材は、社内にも、そして社外にも実は大勢いる。fibonaを通じてそのことに気づけた社員も多いはずです。
3年目に突入したfibonaでは、研究員たちから新プロジェクトの提案が続々あがってきています。正直、その熱意に感動をし、何とかモノにつなげたいと思っています。事業・ブランド貢献
という意味ではまだまだですが、資生堂という会社の基盤となる研究開発カルチャーを変えていく、という意味でfibonaが与えるインパクトは決して小さくないと思っています。
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