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「リトリートスティック」開発メンバーが語る、研究所で製造する製品だからできたチャレンジ

2022.12.19

資生堂研究所が主導するオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」。その活動のひとつである「Speedy trial」から生まれた第2弾のプロダクト「リトリートスティック」が7月21日から9月30日までの期間、Makuakeでプロジェクトを実施した。

クラウドファンディングなどのサービスを活用し、研究によって生まれたテクノロジーが活かされたプロダクトを、β版として市場にスピーディーに導入するのが「Speedy trial」の取り組みだ。

今回プロジェクトを実施した「リトリートスティック」は、自然のゆらぎを香りと感触で体感できるプロダクトだ。企画メンバーが練り上げたコンセプトを化粧品の形に落とし込み、横浜みなとみらいにある研究所の中で製造まで実施するプロセスには、どんな試行錯誤や挑戦があったのか。

リトリートスティックの処方やパッケージデザイン、製造施設の整備などを手がけた開発メンバー4人にじっくりと話を聞いた。

「自然のゆらぎ」のコンセプトをスティック状クリームで表現


──みなさんの普段の業務と、今回の「リトリートスティック」プロジェクトに参加したきっかけを教えてください。

中村:
私はブランド価値開発研究所で、ベースメイクアップ製品の開発をしています。fibonaへの参加は今年1月から。3カ月間の育休から復帰した直後のタイミングで、前任者から引き継ぐ形で入りました。

中平:
ブランド価値開発研究所でパッケージの設計開発を担当しています。普段は設計ソフトや3Dプリンターなどを使ってパッケージの形状を検討、修正、開発する業務を担っています。過去に私が開発した容器が、「リトリートスティック」のアイデアを募集していた際に使われたことがきっかけで、声をかけられたんです。普段の業務とは違う楽しさや難しさ、さまざまな人との関わりがあって楽しそうだなと感じたので参加を決めました。
パッケージ開発を担当した研究員の中平

丸橋:
2021年までクリエイティブ本部(現・資生堂クリエイティブ株式会社)にデザイナーとして所属していました。現在は独立してアートディレクター、グラフィックデザイナーをやっています。在職中に香料研究員とクリエイティブ本部のメンバーが共同で開発した、自然のゆらぎを表現する空間コンセプト「S/ENSE (エスエンス)™」の映像デザインを担当したところから、「リトリートスティック」に携わることになりました。

五十嵐:
私はみらい開発研究所に所属しています。普段は研究所の中にある製造施設の責任技術者をしています。fibonaには既存メンバーから声をかけられて、2021年から参加しました。研究所の製造施設に着任してある程度業務にも慣れてきた頃でしたので、新たなチャレンジとしてやってみようと思い参加を決めました。

──各専門領域の研究員やクリエイティブメンバーがチームになった「リトリートスティック」開発、それぞれに苦労や挑戦があったことと思います。まずは処方開発を担当された中村さん、どうでしたか。

中村:
処方開発で難しかったのは、香りと感覚を紐づける点です。本来、処方開発とは抽象的なものを具現化していく作業です。そこは普段の業務と共通しているのですが、香りに注目した開発は今回が初めてでした。

処方開発に関しては、「リトリートスティック」の企画メンバーで香料研究員の芦澤さんと「朝の日差しの温かさ、ひんやりした冷たさを表現するためには、どうすればいいか」などと何度も議論を重ねることでイメージを具現化していきました。

例えば温度刺激として伝わりやすい「冷たさ」に比べると、「朝のじんわりした温かさ」は肌の感覚として感じづらいんですね。4種類の香りの個性を出しつつ、それぞれを組み合わせたときの変化、温かさを感じる処方の安定性を保ちながらの香料配合などは、最後の最後まで苦労しましたが、これまでのスキンケア製品開発の知見を活かせた部分でもあります。

特殊なスティック形状、4種のプロダクトが生まれるまで


──「リトリートスティック」は名前の通りスティックの形をしています。この形状ならではの開発の難しさはありましたか。

中村:
僕が普段開発しているのは、ファンデーションやコンシーラーなどのベースメイクアップ製品ですが、スティックの形状は他の形状に比べて容器が特殊でコストもかかります。そのため、製品化に結びつきにくい点が課題でした。今回は我々メイクアップ開発チームが担当しましたから、メイクアップ寄りにアレンジしています。具体的には、クリーム状のものをスティックとして固める手法を用いて、今の形に落とし込んでいきました。

「リトリートスティック」の場合、ただ固めるだけではだめで、香りを強く出さなければならない。これも今回ならではの新しい手法でしたが、小回りがきく研究所の施設で製造できたおかげでチャレンジングな処方ができたことも収穫でした。
処方開発を担当した研究員の中村

──4本のスティックを入れるパッケージの開発は中平さんの担当です。いかがでしたか。

中平:
先ほどのお話にもありましたが、スティック形状の容器はコストがかかります。普段つくっている製品と比べると今回は小さな生産量だったので、1回の印刷工程も手動で行うこととなり、選択肢が限られる難しさはありました。

私に声がかかった時点で、「4本のスティックを入れるケースを考えてほしい。とはいえ、使える予算は限られている」とのことでしたので、クリエイティブメンバーと話し合い「紙箱で行こう」と方向性が決まりました。また、ケースはお客さまがご自身で組立てる仕様にしましたが、その仕様で強度と組立て易さのバランスを調整していくことが難しかったです。

そんな条件下でも、クリエイティブメンバーは知恵を絞っていろんなアイデアを出してくれました。普段の業務ではデザイン決定前からクリエイティブメンバーとご一緒する機会はありませんから新鮮でしたし、いろんな学びが得られました。普段の自分の担当範囲よりも広い範囲のものづくりに関われたと思います。

──パッケージのデザインは丸橋さんが担当されました。どのような経緯を経て今のデザインになったのでしょうか。

丸橋:
まず4本のスティックを1個の箱に収めることを起点に、さまざまな案を出していきました。コンセプトである「自然のゆらぎ」も「香り」も、目には見えない抽象的なもの。それを表現するために、実際にフォトグラファーに偏光フィルムを使って光のゆらぎを撮影してもらい、その写真を合成することで「リトリートスティック」の特色である季節や時間、天候が変わっていく様子をミニマムにデザインしました。CGでもつくろうと思えばつくれるのですが、実際にプロに撮影してもらったほうが面白いものができましたね。

「リトリートスティック」のロゴは、口紅の先端をモチーフにそこから香りがゆらぎ、中心から外へ広がっていく流れをイメージしています。スティック4種もそれぞれのイメージをデザインで表現しています。「モーニングブルーム」は朝に開花する花々の香りと肌に馴染む温かさをイメージさせるピンク、「イブニングブルーム」はひんやりした肌なじみと午後に開花する花を連想させる薄紫色、「ジェントルブリーズ」は木々の香りをグリーン、そして「リフレッシングレイン」は雨が草花になじむような香りを連想させる薄いブルー、それぞれ異なる4色にしています。

箱に関しては、香りやゆらぎを誰が見てもわかるグラフィックにいかに変換させるかが苦心した点ですね。視認性も重視したポイントです。同じサイズのスティックが4種類ありますから、パッと見たときに区別できるようなわかりやすいデザインを意識しました。

一貫した生産体制、研究所の中にある製造施設での製造を実現


──「リトリートスティック」は、横浜みなとみらいにある研究所の中で製造されています。fibonaにとっても初の試みですが、製造のステップを担当された五十嵐さんはいかがでしたか?

五十嵐:
研究所の製造施設では化粧水や乳液などはつくったことはありましたが、クリームをスティック状にして製造するチャレンジは今回が初めてです。ノウハウをこれまで持っていなかったので、製造するための規則を守りながら、どうやってきちんとした生産体制をつくっていくかが最大の課題でした。新たに機器を導入したり、その都度みんなで知恵を出し合いながら生産体制を整えていきました。 一方、研究所の製造施設だからこその強みを実感する場面も多々ありました。メンバーが同じ建物の中にいますので、新たな発見や思いがけない良い結果がわかったときは、メンバーにすぐに共有できるんですね。逆に、困ったことが起きたときも、すぐに対策を講じることができました。そういった機動性の高さは研究所で製造する大きなメリットだと感じました。

データのやり取りだけでも製造できますが、顔が見える距離で日常的なコミュニケーションがとれるとチームワークは向上しますよね。「あれ、見せてもらえます?」「いいですよ。あれはどうなりました?」とちょっとした情報交換が容易になりますし、お互いにいろんなことが言いやすくなる。今後は研究所の製造施設発の企画も進めていこうという話も出ています。

──「リトリートスティック」プロジェクトを通じて、どのような学びがありましたか。

中村:
このプロジェクトを通じて、検討から生産までを研究所の施設で一貫してできるフローができたこと、アイデアを具現化する壁がひとつ減ったことは大きな成果だと思います。普段はマーケターからの要請を受けて処方の提案をすることが多いため、自分たちでゼロからつくりたいと思ってもなかなか実現できなかったのですが、今後はfibonaと製造施設を活用して、新しい製品をどんどん出していきたいですね。

中平:
短期間でものづくりをする際に、関連部署との連携がいかに重要か、今回のプロジェクトを通じて再確認しました。もっとできることがあったのかもしれないという反省点もありますが、そこも踏まえて普段の業務ではできない体験ができたことが非常によい学びになりましたし、次回に活かしていけたらと思います。

五十嵐:
プロジェクトを通じて、メンバーの「こうした製品を世に送り出したい」「社会に問いかけたい」という強い思いを近い距離で感じられたことです。その思いを具現化する受け皿としての研究所の製造施設の可能性が見えてきた気がします。将来的には「つくりたいものがあれば、まずはここでどうぞ」と言えるような環境を整えていけたらいいですね。「リトリートスティック」の開発がその最初の一歩になったのではないでしょうか。

丸橋:
「Speedy trial」という名前の通り、スピーディーだからこその面白さがありましたよね。研究所の方々と直接やり取りしたり、無理難題を聞いてもらったりしたおかげで、普段と違う脳みその使い方ができた気がします。デザイナーと研究員の方たちは意外と脳の使い方が似ているなと感じる場面もあって。論理的な一方で、右脳的というか感覚的な部分もすごく大事にしている。そういう発見も刺激的でした。

私は資生堂の外に出た人間ですが、こうした試みの機会があることは、資生堂にとっても非常にいいチャンスだと感じます。いずれfibona発の面白いアイデアが資生堂から出てくるといいなと思っています。

パッケージデザインを担当した丸橋さん

──みなさんが開発の段階で「リトリートスティック」を試してみた感想をお聞かせください。

五十嵐:
4種類の異なる香りがあって、いろんな楽しみ方ができるところが魅力ですね。ただし、それぞれに個性を持つ香りですから、製造担当として品質管理には細心の注意を払いました。

中村:
私は処方そのものを開発した人間なので他の方の感想が気になりますが、4本それぞれ独立して使えるだけでなく、混ぜて使える香りのアプローチは他にあまりない価値だと思っています。楽しんでいただけたら嬉しいですね。

丸橋:
僕は「温かい」「冷たい」を香りとして形にするアイデアと、それを実現しようとする姿勢にまず驚かされましたね。これまで香りで「温かい」「冷たい」を感じた体験はなかったのでユニークだなと感じました。

中平:
品質試験のときは、毎週のように処方を確認していたのですが、フワッと香る瞬間にすごく癒されたんですね。日々のストレスが香りを嗅ぐたびに癒されました。みなさんにもぜひ体験してみてもらいたいです。

(text: Hanae Abe edit: Kaori Sasagawa)

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