Activity

彼だから描ける面白さ、あなただから彩れる美しさがある Around Beauty Meetup #12 開催

2022.09.12

美にまつわる社内外のさまざまなイノベーターが集い交流する「Around Beauty Meetup」。12回目となる今回は「普通って何だろう? 違いを認め、個性を活かせるモノづくり」というテーマのもと、 福祉実験ユニット・ヘラルボニー の松田文登さんをゲストに迎え、個性の活かし方とモノづくりについて議論を深めた。

まずは、fibonaの豊田智規によるオープニングスピーチから口火を切った。豊田はこのAround Beauty Meetupのコンセプトでもある「未来の美」について「正解は存在しない」と前置きした上で、多彩な分野からゲストを迎えるこのMeetupを「未来の美を考える機会」と位置づけ、「明日からの業務やチャレンジのきっかけにつなげてほしい」と参加者へ呼びかけた。

アイスブレイクでは「最近ワクワクしたモノ・コト」を共有した。海外からの参加者によるコメントに文化や環境の違いを興味深く感じつつ、Meetupは松田さんのプレゼンテーションへと移った。


「『障害者』はこの世に一人もいない」兄が教えてくれた個性の捉え方


ヘラルボニーの原点は、先天性の知的障害を伴う自閉症を持つ4歳上の兄の存在にある。物心付く前から兄の特性と日常的に触れ合ってきた松田さんは、同世代の子供が障害のある人を指差して笑っているのがどうしても許せなかった。小学4年生のときに書いた『障害者だって同じ人間なんだ』という作文は今も松田さんの心に残る。

大人になった今、松田さんが選んだのは「障害のある人を偏見するな」と叫ぶことではなく、アートなどを通じて障害のある人と社会との接点を多く作ることだった。「障害のある人たちへのイメージや概念をグラデーション的に変えていく、そのきっかけを生み出すのがヘラルボニーです」と説明する。

最初にコラボレーションを打診した先は、日本有数の高級ネクタイメーカー・銀座田屋。障害のある人兄が福祉施設で作った革小物が道の駅で安価で売られていた記憶から、「彼らの個性に仕事がアジャストされていく未来が作りたい」と考え、飛び込みで直談判したことから協業が決まり、ここからヘラルボニーが始まった。
銀座田屋と作った初めての商品

現在、ヘラルボニーはネクタイだけでなく、さまざまな商品を展開し全国の百貨店でポップアップショップを展開している。生活の中に、ごく自然にヘラルボニーの作家の作品が存在するようになれば、親から子への障害に対する伝え方が変わる。子供が理解すれば、障害のある同級生への接し方も変わる。やがて社会全体もきっと「全ては地続きでつながっているはず」と松田さんは確信する。

「異彩」がもっと羽ばたくように、アートライセンス制度を整備


2018年に「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律(平成30年法律第47号)」が施行され、アート活動に取り組む福祉施設が全国で増えている。とはいえ、就労継続支援B型の全国平均工賃は月額で16,000円前後と言われており、実際にはそれすら達成が難しい人も少なくない。彼らの「異彩」がもっと羽ばたける瞬間を作りたいという思いから、ヘラルボニーは彼らとアートライセンス契約を結び、運用している。

具体的には、契約作家のアート作品の著作権をヘラルボニーが管理。企業と連携しつつ、高解像度データにしたアートをモノ・コト・バショに落とし込んでいく。すでに国内外37の福祉施設、153名の作家と契約を結んでおり、ホテルのスイートルームや缶詰のラベル、建設現場の仮囲いなど、さまざまな場所で社会とのタッチポイントを生んでいる。2020東京パラリンピックでは、ヘラルボニーによるキュレーションのもと、岩手・宮城・福島の作家たちがプロジェクションマッピングを彩った。
ヘラルボニーのビジネススキーム

ヘラルボニーは「支援」「貢献」という言葉を使わず、障害のある作家たちを一人のビジネスパートナーとして捉える。その考えに共鳴する施設、企業との協業によって事業を拡大してきた。ダウン症のある作家、八重樫季良さんの作品が地元・花巻の駅舎を飾った際、新聞社は彼を「地元の芸術家」として報じた。「障害者アーティスト」「鉄道会社が支援」と見出しを付けようと思えばできたはずだが、その見出しに「障害」という言葉はなかった。言葉一つのことでも、その意義は大きい。

「ヘラルボニーの創業者は兄です」と松田さんは言う。社名の「ヘラルボニー」は彼らの兄が小学生時代、ノートの隅に記していた謎の言葉から取ったものだが、その意味は兄に尋ねても「分からない」。障害のある人が心の中で「面白い」と感じているあれこれが、うまく言語化されないことはよくある。「それを言語化するのがヘラルボニーの役目」と語り、プレゼンテーションを締めた。

次世代のモノづくりに求められるのは「クリアな目線」と「心の豊かさ」


後半は、ブランド価値開発研究所でサステナビリティ推進に携わる渡辺真佐子、ブランド価値開発研究所で外装開発に携わる大越基喜が加わり、fibonaの牧野佑亮がモデレーターとなってパネルセッションを行った。

昨今の購買行動には、ブランド価値よりも自分に合うものが求められる傾向が見られる。牧野は、特徴的なモノづくりに取り組む松田さんに「これからのモノづくりに重要な視点は何だと思われますか」と問いかけた。

松田さんは、 ヘラルボニーデザインによるクレジットカード の事例を紹介。入会率が予定の280%で推移するほどの人気だという。このカードが選ばれる理由として、感性豊かなデザインだけでなく、利用額の0.1%が福祉事業に還元されるという特徴を挙げ、「ただサステナブルなだけではなく、それが自分の豊かさにつながっているのだと思います」と指摘した。

このMeetupからヘラルボニーを知ったという渡辺は、前情報もなく彼らのサイトを見て純粋に「魅力を感じた」と言い、これまで「障害」という枕詞にとらわれてきた自分に気づいたと打ち明けた。「もっとクリアな目線で物事を見ることが大事なのかもしれません」と語り、良い意味での主観性が求められていることを再確認した。

一方、普段の業務でラグジュアリーブランドの外装開発を担当しているという大越は「『きらびやか』の次に求められているものは何だろう、とまさに考えていました」とコメント。クレジットカードの事例を受け、「ネクストステージにおけるモノづくりは今とは変わっていくはず」と社会の変化を身近なものとして受け止めた。

作り手との「共鳴」が付加価値を生むサステナブルな共創のありかた


その後、トークの話題は作り手とのコラボレーションへ。松田さんからは、資生堂とのコラボレーションを想像しつつ「ヘラルボニーのデザインをパッケージに落とし込む場合、どのような表現が考えられると思いますか」という問いが投げかけられた。大越は第一声に「ヘラルボニーが求めるものは、同情を引くことではない」と重要なポイントを確認し、プロダクトとしての品質や魅力を純粋に訴求するにはアプローチを慎重にデザインする必要があることを強調した。

渡辺もまた、ヘラルボニーがあらゆるクリエイションにおいて妥協のない完成度を追求している点を高く評価する一方で、「その品質やポリシーをいかに維持するかが大きな課題かもしれません」と大量生産が求められるモノづくりの視点から指摘した。

二人のコメントを受け、「作品やライセンスまででなく、アウトプットまで責任を持つことの重要性をまさに感じているところです」と言う松田さん。自社だけでモノづくりをしていれば当然思い通りのものが作れるが、「どの会社と組むとどう社会に伝わるだろう、それによって障害のある方への目線がどう変わるだろう」という部分まで考えるのがヘラルボニーの仕事であると語り、苦悩を垣間見せた。
ハイアット セントリック 銀座 東京

多種多様な企業とコラボレーションを仕掛けるヘラルボニーだが、協業におけるポイントやこだわりはあるのだろうか。松田さんはただ一つ、「共鳴できるかどうかを大切にしています」と答える。金銭を受け取ってライセンスだけ、データだけの貸し借りをすることは絶対にないと断言し、たとえ時間がかかろうとも作家や福祉施設に必ず了解を得た上で進めていることを補足した。

効率化しようと思えばいくらでもできるプロセスかもしれないが、その行程を大切にしているからこそ続けられている、と松田さんは語る。「それがサステナビリティということなのでしょうね」と渡辺が反応した。

「40人中2、3人」作り手と共鳴するお客さまの思いが社会を変えていく


続けて渡辺は、「私たち資生堂は、お客さまの受け取り方を徹底して追求したモノづくりにこだわる会社。ヘラルボニーのモノづくりには作り手の強い思いを感じますが、お客さま側の思いについてはどのように捉えているのでしょうか」と質問した。

松田さんは、ヘラルボニーのモノづくりについて「例えるなら、30〜40人のクラスで2、3人に刺さるものを目指して作っています」と説明。対象は限られたとしても、確実に賛同してくれる人、共感してくれる人に向けて発信しているという。「その分、多角的に事業を展開することで、合計して20〜30人に届けられるような事業設計を目指しています」と補足した。資生堂のあり方とはまるで対照的な方針だが、渡辺は「対照的だからこそ、資生堂とヘラルボニーでコラボレーションしたら新たな気付きが得られそう」と期待を込めてコメントした。

ヘラルボニーの今後の展望について、松田さんは「将来的にはヘラルボニーを概念化したい」と回答した。そこにヘラルボニーのプロダクトがあることでタッチポイントが生まれる。ヘラルボニーが存在することで障害のある人が住みやすくなり、社会に出られるようになる。「障害のある人々の生き方そのものを変える存在を目指しています」という壮大な宣言も、Meetupで語られた言葉の数々を思えば、決して絵空事ではないように感じられた。

明日からできることは? まずは他者を知り、魅力を見出すことから


松田さんのプレゼンテーションは参加者からも反響が大きく、いつにも増して盛り上がりを見せた。参加者の一人は、ヘラルボニーと資生堂のモノづくりに対する考え方の違いに驚きつつ、「150周年を迎えた今だからこそ、資生堂も自分たちのスピリットに立ち返り、熱量を持ってモノづくりに挑戦してもいいのかも」と刺激を受けた様子だった。

最後に、fibonaリーダーの中西裕子が今回のMeetupを総括した。特に印象深かった言葉として「普通じゃないことは可能性でもある」という一節を引用し、「多くの人は自分自身のことをどこにでもいる普通な人間だと思う反面、普通じゃないところもあると思っていたり、個性とは何か思い悩んだりすることもあると思います。この言葉に、参加する多くの人は後押しされた気持ちになったのではないでしょうか」と語った。参加者に対しても「個性とは何か、これからのラグジュアリーとは何か、ものづくりとは何かなどきっとたくさんの気付きを得たと思うので、明日からの業務に活かしてもらえるはず」と期待を寄せて、Meetupに幕を下ろした。

普通とは何だろう、自分の得意なこととは何だろう。今回のMeetupを終えて、改めて考えてしまった。松田さんやヘラルボニーが素晴らしいのは、誰かの個性を切り捨てないことだけでなく、誰かの見過ごされがちな魅力を見出せることでもあるのではないか。違いを個性として認めるためにも、まずは周りに目を向け、他者をよく知ることから始めたい。

Project

Cultivation

ビューティー分野に関連する異業種の方々と資生堂研究員とのミートアップを開催し、美に関する多様な知と人を融合し、イノベーションを生み出す研究員の熱意やアイディアを 刺激する風土を作ります。

Other Activity